【スカルプターズ・ムービー】キャラクター造形に大切なものは何かを考えさせる『LAMB/ラム』のクリーチャーエフェクト
テキスト・神武団四郎
A24の配給で注目を浴びたノオミ・ラパス主演、ヴァルディミール・ヨハンソン監督の『LAMB/ラム』(21)が公開中だ。本作は、山あいの小屋で羊飼いをする夫婦が不思議な子ども授かるミステリアスなファンタジー。羊と人間を組み合わせたクリーチャーが登場する。
LAMB/ラム
全国公開中 配給:クロックワークス 提供:クロックワークス オディティ・ピクチャーズ 宣伝:スキップ
©︎ 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON
STORY
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、”アダ”と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした”アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく—。
REVIEW
アイスランドの人里離れた山間部で静かに暮らす羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。いつものように羊の出産に立ち会っていた彼らは、羊の頭に人の体を持つ“何か”が産まれてくるのを目撃する。夫婦はその赤ん坊にアダと名付け、自分たちの子どもとして育てはじめるが——。
アイスランドで制作された本作は、これが初の長編となるヴァルディミール・ヨハンソンの監督作だ。ヨハンソンはこれまで2本の短編を発表したのみの新人だが、2002年よりアイスランド映画の撮影や照明班でキャリアを重ね、『オブリビオン』(13)や『ノア 約束の舟』(14)などハリウッド大作にも参加。『プロメテウス』(12)『トランスフォーマー/ロストエイジ』(14)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)、Amazonプライム・ビデオ配信作『トゥモロー・ウォー』(21)には特殊効果クルーとして参加と多彩な経歴を持っている。
『LAMB/ラム』は主要登場人物3人とミニマムな作品だが、霧に覆われた幻想的な映像や、前景・中景・後景など複数のレイヤーを重ねた画面構成など凝ったビジュアルが満載。画作りにヨハンソンのセンスが伺える。本作はカンヌ国際映画祭ある視点部門で受賞を果たし、米ナショナル・ボード・オブ・レビューやシッチェス・カタロニア国際映画祭ほかいくつもの映画賞で作品賞や監督賞を受賞。すでにヨハンソンはスティーヴン・スピルバーグほか名監督たちのマネジメントで知られる大手エージェンシーCAAと契約を結んでおり、メジャーデビューも遠くなさそうだ。
本作でスカルプター的に注目なのは、ラムマンと呼ばれる怪物とその子どもアダのクリーチャーエフェクトである。ラムマンは、羊の頭を持ち白い体毛に覆われた成人男性。知性を感じさせる瞳や気品あふれる佇まいは、モンスターというより妖精に近い。このラムマンのデザインとクリーチャーエフェクトを手がけたのが、デンマーク出身のモルテン・ヤコブセンだ。1988年代より特殊メイクアーティストとして活動しているヤコブセンは、少年時代に特殊メイクの神様ディック・スミス監修の子ども向けキット「Movie / TV Horror Make Up Kit」を手にしたのを機にメイク遊びに心酔。16 歳の時に交換留学生としてロサンゼルスで過ごした時に、残酷メイクの匠トム・サヴィーニの著書「Grande Illusions」と出会ったことからメイクの道を志した。メイクスクールを経て映画界に進んだヤコブセンは、北欧を中心に100本以上の映画やテレビに参加。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)で使われたビョークのダミー制作などラース・フォン・トリアー作品の常連で、戦争やスリラー、『ハリー・ポッターと死の秘宝』(10)といったファンタジーなど多彩なジャンルで腕をふるってきたベテランだ。
そんなヤコブセンのラムマンは、俳優がかぶるマスクと長い体毛を貼った薄いスーツで撮影。モンスターよりリアルな人体作りを得意とするヤコブセンらしく、幻想的な雰囲気を持ちながらリアルな“羊と人のハイブリット”に仕上げている。いちど見たら忘れられない存在感を持っており、出番は少ないがその立ち居振る舞いだけで、思いを伝えてくれる。
いっぽうアダは、美術監督スノッリ・フレイル・ヒルマルソンがコンセプト画を作成。赤ん坊から幼児まで成長していく過程が、さまざまなエフェクトを使って描かれた。抱かれたりベッドで寝ていることの多い乳児期は、本物とパペットの羊に、人間の赤ん坊の体のダミーなどを組み合わせて撮影。歩くようになって以降は、子役の頭に羊のマスクをかぶせたり、CGの羊が合成された。ラムマンと違ってアダは服を着ているので、一見すると“羊の頭を乗せただけの子ども”だが、それを補っているのが豊かな感情表現。口がきけない代わりに目や耳、唇の動きやゼスチャーなど小さな動きを丁寧に重ね、臆病だが好奇心旺盛なキャラクターがみごとに表現されている劇中、アダを気味悪がっていたイングヴァルの弟ペートゥルが彼女と接するうちにその愛らしさに魅せられていくが、その行動は観客の気持ちを代弁している。これら緻密な視覚効果を監修したピーター・ヨルトとフレドリック・ノードは、ヨーロッパ映画賞の視覚効果賞に輝いた。クリーチャーエフェクトといえば、作り込まれた質感やアクションに偏りがちだが、『LAMB/ラム』はキャラクター造形で本当に大切なものは何なのか、あらためて考えさせてくれる作品だ。
アイスランド出身のヴァルディミール・ヨハンソン監督。『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)などSF大作に特殊効果クルーとして参加経験を持つ。
主人公マリアを演じたのは『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(09)でブレイクし、『プロメテウス』(12)など欧米で活躍しているスウェーデン出身のノオミ・ラパス。
本作でプロデューサーを兼任したラパスは、作品賞、監督賞を受賞したシッチェス・カタロニア国際映画祭では主演女優賞に輝いた。
美術監督スノッリ・フレイル・ヒルマルソンによるアダのスケッチ。あどけない雰囲気など完成形のアダのイメージに近い。
アダのコンセプトスケッチ。この段階ではまだアダの体は羊に近かった。撮影方法のアイデアらしきスケッチも描き込まれている。
ヴァルディミール・ヨハンソン監督による画コンテ。セリフを最小限にとどめ映像でストーリーを展開していく本作は、緻密な画コンテが作成された。アニメーションを思わせる画作りだが、実際の映像も水平、垂直を意識した構図が多用されている。
主な登場人物はイングヴァルとマリア、ペートゥルの3人とアダ。ほかにも羊たちやペットの犬、猫たちも、味わいのあるキャラクターとして登場した。
窓の外を眺めるアダの撮影風景。パペティアはベッドの下からアダのパペットを操った。
赤ん坊時代のアダの撮影風景。アダは10人の子役とパペット、CGを組み合わせて生み出された。
CREDIT TITLE
監督:ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本:ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
製作:フレン・クリスティンスドティア、サラ・ナシム
出演:ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン
2021年/アイスランド・スウェーデン・ポーランド/カラー/シネスコ/アイスランド語/字幕翻訳:北村広子/原題:LAMB/106分/R15+
配給:クロックワークス
提供:クロックワークス オディティ・ピクチャーズ
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©︎2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON