「GOLEM」展・造形トークイベント、造形家・竹谷隆之 x 現代美術家・小谷元彦x GOLEM代表・石野平四郎

彫刻やフィギュア、デジタル造形など、それぞれ異なる領域で活動しながら、同時代を共有する造形言語を持つ作家たちによる造形作家集団「GOLEM」。そのグループ展が、東京・SAI(MIYASHITA PARK)にて8月に開催された。今回で3度目となる本展では、作品展示だけでなく、批評、デザイン、トークイベントまでを一つの実践として構成。石野平四郎氏(GOLEM)をホストとするークイベントでは、絶大な人気を誇る造形作家・竹谷隆之氏と世界的に活躍する現代美術家・彫刻家の小谷元彦氏を招いて、新時代の造形を語っていただいた。
(本記事は、当日のトーク内容から『スカルプターズ・ラボ』の読者に向けて一部を抜粋・編集したものです)
テキスト:幕田けいた
なぜこの形を作るのか
石野平四郎(以下、石野):今日は、お二人に「何でこの形を作らなきゃいけないのか」というテーマについて、お話を伺いたいなと思います。まず小谷さん、GOLEM展の作品について「彫刻足りうるのか」と思われますか。
小谷元彦(以下、小谷):「彫刻たりうるのか」と聞かれれば、僕は彫刻だと思います。もちろん人それぞれの価値観もあるし、「彫刻」という言葉をどう規定するかという問題もありますが、僕自身はそこをあまり限定的には考えていません。
ただ、制作するときの「距離設定」のようなものは、やっぱり違うという印象があります。今回の展示で言えば、もう「超近距離戦」なんですよ。鑑賞距離の設定は、制作するときの距離と密接に関係しています。フィギュアは作品を手に持って作ることも多いと思うんですよね。かなり近い距離からディテールを拡大して見ながら作業する。そのため、どれくらいの情報量を表皮に詰め込むのかということが、制作における重要な要素になっていると思います。その根底には、徹底したマニピュレーションもあると思います。
それに対して、一般的に想像される「彫刻」は、明らかに作品との距離が遠い。中間距離から遠距離に鑑賞距離が設定されていて、それに応じて制作するときの距離も変わってくる。そして、フィギュアのように細部まで徹底的にコントロールするのではなく、あえてマニピュレーションを放棄するような態度も、彫刻の一つの特徴としてあると思います。もう一つ違いがあるとすれば、造形の力点が「表層」にあるのか、それとも「構造」にあるのか。そのあたりにも、フィギュアと一般的な彫刻との違いが現れているように思います。
竹谷隆之(以下、竹谷):距離感という点でいえば、僕のように特撮映画のジャンルで造形物を作る場合、大体、絵コンテがあって、こんな距離に見える、こんな角度から撮るとか、打ち合わせしてから作ります。デザインの段階でも特撮ではスケール感が意識されるので、基本、この造形物がどのぐらいの大きさなんだろうと思いながら作るということが大事になりますね。ですから、映像になると手元で作っていた時と全く印象が変わってしまうこともあります。例えば、僕がゴジラキャラクターデザイン・造形を担当した『シンゴジラ』の最後のカット、ゴジラの尻尾の先を作っている時。B班監督・特技統括の尾上克郎さんが来て、「撮影はダビングの2週間前だから」と言われて(笑)。僕はてっきり造形物にCG加工が入るんだと思いながら作っていたんです。ですから「何もCGは入れないよ。撮りきり!」と言われた時、物凄くビビりましたね。作ったまんまの造形が大画面に映し出されると、やっぱり小さな作り物に見えるのではという気持ちが……そしたらやはり実際、作り物に……(笑)。
小谷:彫刻の展示でも、照明や展示空間をかなり考えて設計したつもりでも、実際に作品を置いてみると想像していた見え方と全然違って、うまくいかないと思うこともあります。
GOLEM展を見たときに印象的だったのは、やはりシンプルなホワイトキューブだったので、非常に作品そのものにフォーカスしやすかったことです。そこから思い出したのが、少し昔になりますが、僕が大学4年生のときに初めて行った、下北沢にあった「FEWTURE SHOP(フューチャーショップ)」です。韮沢(靖)さんや竹谷さんの作品がショーケースに展示されていて、至近距離から作品を見ることを促されるような体験がありました。それまでガレージキットを見てきた体験とも少し違って、近づいて見ることで初めてわかるようなディテールがそこにあったんです。
現在のGOLEM展だけでなく、造形家によっては3DCGを使って制作しているので、その時代よりもさらに拡大した状態で造形を作り込むことができる。結果として、表面形状に詰め込まれる情報量は、どんどん増えているという印象を受けました。
石野:今、話を聞いてて、やっぱり世代的な違和感があるのが感じられます。僕らは、もう3DCGで作った映像がゲームの中で動いているものが日常的にある世代です。例えば僕が高校生の時に、ハリウッド版『トランスフォーマー』(2007)が公開された、最初の衝撃は今でも忘れられない。高いクオリティのCGがもう普通になってきている中で、僕ら世代は造形をやっています。ですから動いていない、止まっているものを作る時の感覚って、自分と対峙しているものを作るのに近いんです。ただ、僕は基本的には3Dは使わないです。展示物を近い距離で見る人たちからしたら、後ろの方は全然できてないなとか、ちょっと角度を変えて横から見たら破綻するなという造形が、結構、僕の作品は多いんですよね。それは、あえてしているんですが。お二人はデジタル造形についてはどうですか。
竹谷:デジタルに関していえば、アナログと道具が違うだけという部分もありつつ、デジタルならではの便利さや精度もありますし、最近の技術はできないことがないぐらい何でも形を作れますから。それはやっぱり有用だと思います。
小谷:個人的には、『トランスフォーマー』で画面をはみ出すように暴れ回る3DCGを見ていると、アメリカのオールオーバー・ペインティングに代表される「抽象表現主義」と、ある意味で「中身が何もない」という表面性を突き詰めた、消費社会の象徴としての「ポップアート」、その両方の歴史が重なって見えるんですよね。だから僕にとっては、あの映像はアメリカ特有の美術史が出現してしまった例として解釈できるんです。
僕は制作手段の一つとして、3Dを2002年頃から使っていて、おそらく彫刻や現代美術の領域では、かなり早い時期から使っていた方だと思います。当時はまだ「出力」もまともにできず、操作性もかなり退屈で自由度の低いものでしたが、それでも興味を持って使い始めました。
リアルタイムで受けた刺激としては、映画『ジュラシック・パーク』(1993)が、当初ストップモーションで構想されていた恐竜の映像表現をCGへと切り替えたことが大きかったと思います。それと同じような視覚体験の大きな転換期が、自分が制作を続けている間にも、いつかやってくるのではないかと感じていたところがありました。
音楽の世界が、かつてエレキギターやシンセサイザーの登場によって変化したように、美術の世界もデジタルという新しいツールによって「変わる」という確信はありました。一般的に彫刻は手作業を中心とした制作方法に縛られているように見えますが、彫刻史を振り返れば、歴史に残る作家たちは、その時代に開発された新しい技術を積極的に取り入れていることが少なくありません。ただ、僕がデジタルを使う際に意識しているのは、それを自分があらかじめ想像できる範囲や、コントロール可能な制度設計の中だけに閉じ込めないことです。
石野:AIについてはどう思ってますか?
小谷:AIに関しては、現在驚異的な速度で成長していて、もはや無視することはできないと感じています。僕自身、数十年程度の違いを「世代」で括って考えることはあまり好きではないのですが、それでも特に若い世代にとっては、避けて通ることのできないものになるでしょう。「自分はAIと違って何ができるのか」を考えることは、制作者にとって、これからの創作をめぐる一つの航海図になると思っています。
先ほど話したように、彫刻史を振り返っても、新しいツールの出現とともに表現は進化し、発展してきました。だからといって、必ずAIを使わなければならないということではありません。むしろAIを無視して創作を続けられる人は、ある意味では、それを必要としないだけの特殊な技術や、独自の知性の回路を備えている必要があるのかもしれません。
僕自身は、技術革新の現在形を確認しながら、AIとの距離の取り方を考えていきたいと思っています。
石野:AIの成長するスピードが速すぎるんですよね。AIを使って何かしたいなと思っても、AIはもう次のステップに行っている。それより僕がGOLEMでやった方がいいなと思うのは、AIとの戦いに備えて、なんで僕らはそういった造形をしなきゃいけないのかを、ちゃんと自分なりに説明できないといけないと思っています。なぜ自分がこういう作品を作るのか、なんでこういう形になるのかっていうのは、ある程度、言語化できるようにしておかないとまずいんじゃないのとは思う。それが説明できないと、別にAIに作らせればいいじゃんってなっちゃうので。
竹谷:なぜこういう形になるのか……その理由を言葉で説明するのは難しい場合もありますが、AIと自分の作品の違いは、リアリティだと思います。だから作品にリアリティを持たせるために、僕は資料を集めますね。
資料集めといっても、人間が作ったものをデータとして集めるのではなく、一次情報的な、自然物をずっと見て吸収する方が好きです。浜に行って漂着物や石を拾ったり、いい形だなと思ったら持って帰ったりします。もちろん資料として本を買ったりもしますが、スペースが限られるので捨てなきゃいけなくなる。だから捨てる本の中にも、このページは取っておきたいなというのがあったら、びりっと破いてあとは捨てちゃうという。そんな貧乏性な資料集めです(笑)。
格好いい造形、良い形とは何か
石野:最近の若い子に見られるドラゴンだったり、モンスターだったり、ヒーローだったり。ああいう格好いい造形とか、あれは一体、何なのかっていうところですね。それは、僕たちが影響を受けた一つ前の世代、そしてその前の世代の人たちがやってきた造形だと思うんです。小谷さんと竹谷さんだとしたらH.R.ギーガーだとか、さらに先の世代の作家の造形のニュアンスとかにすごく影響を受けていると思うんですけど、それって何だと思います? 作っている途中で見える形のきっかけみたいなもの。竹谷さんでいうと、北海道のアイヌや縄文土器でしょうか。
竹谷:感覚的に縄文土器が好きなんですけど、それはルーツである北海道をさかのぼっていくと、そういう符合性があるんですね。
小谷:造形物自体の「良い形」というのは、人間にとってそれほど変わらないものだと思います。例えば縄文もそうですが、エジプトの彫刻やギリシア彫刻を見ても、やっぱり良い形をしている。ただ、「形の良さ」がどこから来るのかを明確に言語化するのは難しい。単に自然物に似ているから、あるいは何らかの法則性があるから美しいのかと聞かれると、自然の構造から逸脱した造形にも良い形はあるわけで、そう簡単ではない気がします。
そもそも形について考えていくと、そこにはデザイン的な要素や工芸的な要素も入ってくるし、大きく捉えれば、制作者が形に注ぎ込む執着や精神性のようなものも関係してくる。だから、単に彫刻という領域だけで語れるものではないように思います。
一方で、現代美術や現代彫刻では、造形物の表面的な密度だけではなく、その形が何を意味するのか、どのようなコンテキストを持っているのか、あるいは歴史のどの部分につながっているのか。素材をめぐる問題も含め、そうした情報が作品の背後に格納されていることが、非常に重要だったりします。
GOLEM展の未来
石野:GOLEMは今後も続けていきますが、最後に、お二人からこれからのGOLEMの活動に関してお話しいただけますでしょうか。
小谷:いわゆる漫画やアニメなど、二次元的な表現に代表されるものは、案外、現代美術の中にそれほど障害なく入っていくことができたと思います。もちろん、そこには村上隆さんや奈良美智さんの活動があり、その先にはカオス*ラウンジの動きもあって、そうした表現が割と自然に現代美術の中へ入ってきた。
今後、GOLEMが現代美術へと接続していくのであれば、それと似たような「導入の回路」がどこかにあるんじゃないかなと思います。そのためには、僕はある種の荒技も必要だと思うし、その回路をどう見つけ、どう言語化していくのか。それが今後のGOLEMの活動にとって、大きなファクターの一つになるのではないでしょうか。
竹谷:僕はGOLEM展を拝見して、逆に自分が連鎖の中にいるんだなというのを実感しました。僕も歴史上のたくさんの彫刻や絵画に影響を受けて形を作っているわけだし、逆に僕もその中に入れてすごく光栄ですし。
若い世代から見たら、先代から積み上がっているわけですからね。その中で自分のやりたい形やテーマを探さないといけない。それは悩みながらやりますよね、僕もそうですし。最初から「回答はこれだ!」バーンっていう作品を出すよりは、逡巡しながら、悩みながら、自分がどうすべきなんだろうと思いながら、矛盾を抱えてやっているという作品は好きですし、面白いと思います。
フィギュアは彫刻ではないのか
【質疑応答】
トークショーでは、最後に参加者からの質疑応答が行われた。その中から小谷氏が語った「彫刻」に関する応答を抜粋して掲載したい。
質問者:自分は美術大学の大学院で、フィギュアが日本の美術、もしくは日本の造形の中で「何であるのか」という定義を考察しています。かつて大阪芸大の先生にも話をお聞きしたんですが、「フィギュアは彫刻ではない」との答えが返ってきました。小谷さんの「フィギュアとして定義」と「彫刻観」について伺いたいと思います。
小谷:現在のフィギュアの造形自体、文化的には江戸期や明治期に非常に近いものがあると感じています。江戸時代はまだ「彫刻」という言葉がなかった時期ですが、「生き人形」の文献などをあたればわかるように、そこでは造形技術の高さを競い合っていました。そして、これは明治時代にも引き継がれていく、一種の競技制みたいなものなんです。技術が高ければ、見る人はみんなそれを尊敬する。実は現在に至るまで、良くも悪くも日本人が美術を見るときの尺度には、この特徴がかなり残されていると思います。
それが明治期になると、牙彫や七宝、陶磁器などが、一つの輸出産業として海外へ出ていくようになる。実際、かなり海外で受けたんですよね。これは、村上隆さんが等身大の美少女フィギュアという、欧米の美術史にはなかったものを美術の本場で提示し、成功したことともつながっているように思います。
だから僕は、フィギュアを「彫刻とは別のもの」だとは思っていません。この先100年、200年と経ったとき、ひょっとするとフィギュアの世界で培われてきたルール設計の方が、日本独自の彫刻のメインになっていく可能性だってあるわけです。もちろん美術には長い歴史があり、運動体として新しいものを取り込み、消化しながら次へ進んでいく。その過程では、それぞれの時代の重要なキーパーソンしか歴史に残らない可能性もあります。
ただ、残っていくもの、残っていかないものも含めて、どれが彫刻で、どれが彫刻ではないという排他的な話をすることには、あまり意味がないと思っています。どう考えても、フィギュアの歴史と日本の彫刻が近代化していく過程には、似た構造がある。ひょっとしたら将来、フィギュアの手法の方が日本の彫刻の中心になっているかもしれない。そういう可能性は実際にあると思うんです。未来人でもない僕には、それを今の時点で否定することはできない。だから、フィギュアと彫刻を最初から別のものとして分けてしまう考え方には、あまり説得力を感じないですね。
(拍手)
質問者:その上で、小谷さんの彫刻観はなんでしょうか。
小谷:僕は、特に日本の立体や彫刻をめぐる歴史観に基づいて活動しているつもりです……。この質問は簡単に答えるのが難しいね(笑)。
日本の彫刻、あるいは立体というジャンルがあるとしたら、そこに多角的に、いろんな方向から手を入れておきたいという気持ちがあります。一方向から何かをやるというより、いろんな角度から揺さぶることで、そこに立っている「概念の塔」のようなものを崩したいというのは、やっぱりあるかもしれない。既存の概念が崩れれば、それが一番面白い。そして、崩れたものをもう一度組み直したいという気持ちもあります。
最終的に本を書きたいと思っているのも、それと関係しています。概念を一度壊したあとに、それを別のかたちで組み直した一つのテキストが残る。そのテキストを足場にして、次の時代の彫刻家たちがさらに先へ進んでくれたらいいなと、僕は思っています。
Profile
石野平四郎(いしの・へいしろう)
アーティスト・コレクティブ[GOLEM]
1992年神戸市生まれ。
フィギュア造形の技法と彫刻表現を融合した独自の制作工程を用い
また、アーティストコレクティブGOLEMの作家・
主な個展に『O-M-O-T-E』(
小谷元彦(おだに・もとひこ)
1972年、京都府生まれ。
オフィシャルサイト:https://phantom-limb.com/
竹谷隆之(たけや・たかゆき)
造形家。1963年12月10日生まれ、北海道出身。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業。映像、ゲーム、トイ関連でキャラクターデザイン、アレンジ、造形を手掛ける。主な出版物は、『漁師の角度・完全増補改訂版』(講談社)、『造形のためのデザインとアレンジ 竹谷隆之精密デザイン画集』(グラフィック社)、『ROIDMUDE 竹谷隆之仮面ライダードライブ デザインワークス』『漁師で猟師の家に生まれましたが、継げませんでした。』(ホビージャパン)、『竹谷隆之 畏怖の造形』(玄光社)、『腐海創造 ー写真で見る造形プロセスー』(徳間書店)など。