【スカルプターズ・ムービー】髪を束ねたパペットたちが織りなす幻想世界「Hair album」のできるまで

テキスト・神武団四郎

日本で制作されたパペットアニメーション「Hair album」が世界最高峰のデザイン・広告賞「D&AD」(2022)でYellow pencil賞(GOLD相当)を受賞した。髪の毛で作ったパペットを使ったアニメーション手がけたのは『ノーマン・ザ・スノーマン』シリーズや『劇場版 ごん  -GON, THE LITTLE FOX-』『プックラポッタと森の時間』のアニメーション作家、八代健志氏。美しく繊細な本作はどうやって創り出されたのか、その舞台裏を八代氏はじめスタッフが語る。

Hair album

Hair album」は、月刊「ブレーン」のオンライン動画コンテスト第8回「BOVA」(2021)への出品作として制作。審査員特別賞を受賞した後、広告賞を中心に、国内外で10を超える受賞を果たしている。ヘアサロンの設備機器や化粧品を製造・販売しているタカラベルモントと組んだ本作は、ヘアサロンを訪れた女性が過去を回想する物語。カットされ床に落ちた髪の毛が人の形になって、女性の過去の出来事を振り返る。

企画のスタート

横井:BOVAの課題が「ヘアサロンで人生が変わる瞬間」だったんです。取材がてら美容室で髪を切っていて、髪の毛がするりと足元に落ちたとき、自分の過去が落ちたように見えました。そうして今の姿が生まれ変わるとすると、床に溜まった髪の毛で思い出を振り返るというストーリーが作れるのではと思いました。

八代:確かいちばん最初は、床に落ちた髪の毛を上から見た絵のアニメーションだったんですよね。

石川:横井さんとの打合せの前に、八代さんがやるなら平面でなく立ち上げた方がいいんじゃないかという話が社内で出たんですよね。

八代:俺のフィールドで一回やってみようということで、髪を束ねた人形で数秒のテスト映像を正月休みに作ったんです。ちょうど休みの間に何か作ろうと道具を持って帰っていたし(笑)。

横井:僕としては漠然と降り積もった髪の毛を平面的に動かせたらいいなくらいの発想だったので、打ち合わせの時に人形というワードが出て驚きましたよ(笑)。

八代:落ちた髪の毛に命が宿ると企画の段階であったので、最初の時点で髪の毛を巻いた人形が頭の中にありました。ただスカートのような面はどうしようとか、心配しながら作っていった感じでしたね。

ストーリーの完成

石川:ストーリー作りで悩んだのは、髪を切るという行為の意味ですね。思い出をいったん置いて次に進むのか、心にしまったまま次に進むのか。私は「過去は過去として、次行くよ」的な決別派で、横井さんは自身の中に抱擁しながら前へ進む派(笑)。いろんな方に話を聞いても捉え方はそれぞれなので、今回の主人公はどう思うのか迷いました。

横井:おばあちゃんが過ごしてきたどこのシーンをピックアップするか、シーン選びと人形でどう描くかもずいぶん話し合いました。なかなか決まらなかったのは、終わらせ方ですよね。

石川:撮影に入っても悩んでいて、最後はやはり思い出を胸にしまって生きていって欲しいと想いを込めて、八代さんに抱き合ったら旦那さんの人形がふわっと消えるような表現できますかと聞いたら、やってくれると。是非お願いします!って感じでした(笑)。


実写の女性パートは渋谷のヘアサロンを借りて撮影。髪をカットする美容師は、ロケ場所の店長が自ら担当した。

髪の毛を使った人形の制作

八代:針金のアーマチュアに補強を巻いて、その上に髪の毛を束ねて糸で留めて作っています。場合によっては、髪の毛を筋肉の筋みたいに並行に置いてから糸で留めたところもあるし、針で縫ったり整髪料で固めたりもしたな(笑)。髪の長さがある程度決まってるのでサイズは小さめですが、小さくしすぎると髪が短くピンと跳ねたりしてしまう。写る角度を工夫したり、だましだましの部分もありましたね。最初は髪の色を年齢によって変える話もあったよね。

横井:黒や白髪もそうですが、若い時に髪を茶色く染めていたという表現を入れるかどうか、頭をよぎったこともありました。

八代:ウィッグも値段はさまざまなので、いくらでも使える安いウィッグでとにかく試してみた。最終的に同じ色のウィッグだけを使いました。

松井:使ったのは白髪のウィッグですが、白とグレーが混ざっていて、光の当て方によって立体的に見えるのがよかったですね。ネタばらしすると、あれはドンキなどで売ってるような安い白髪かつら(笑)。色がそろってるものはとても高いんですよね。

八代:角度によっていろんな色に見えるので、自在に使える色だったね。

石川:人形には顔がないんですけど、前髪の感じとか顔のパーツを感じさせるように結ってくれたので表情豊かに見えますよね。

八代:顔の作りはおおまかだけど、表情がないだけに見ている方が想像できる良さはあった。動かしてる時はただの人形なんだけど、編集している時にじっくり見てたら感情が伝わってきて泣けてきたもん(笑)。

石川:想像の余地がありますよね。打ち合せの時に八代さんから「顔なくてもいいよね」と言われた時はあまり意識はしてなかったけど、人形を見てなるほどなって。

八代:顔がない作品を見たことはあったけど、実際に自分で作ってみて深い感情を表現できると初めて知った。顔のない人形のよさを知ったことが、今回の学びでしたね。


撮影に使われたパペット。アップ用に大型の手だけのパペットも作られた。スカートは布地のベースに髪の毛が貼られたが、アニメート中に剥がれ落ちてしまうため修正しながら撮影が行われた。

アニメーションの現場

八代:アニメーションの人形としては簡易的で、動かしても少し戻ってしまうなど精度が出しづらいんです。でもサイズが小さいこともあり、動かすのは楽でした。しかも軽いから支えたり宙に浮かすのも簡単なんですよ。

横井:繊維状の髪の毛で人を形造れるのも驚きだったんですが、動くと可愛く見えるっていうこと自体が発見だったなって。表情がないのにすごい生命感を感じました。

八代:髪の毛そのものが動くことで、違う表情が出るからね。でも髪の毛なので、動かす時に手が触れたところがざわざわと動いちゃう。ピタッと止まったところと動いているところの差が出ないよう、バランスは考えました。風が影響しないよう、エアコンを止めてもらった気がするけど。

石川:わざとエアコン付けてた気がします。

八代:そういえばそうだ(笑)。触ってないところがピタッと止まってると不自然だから、最初は探りながらエアコンつけたり止めたりしてたんだ。撮影は1週間くらいでしたね。

松井:当初は 5日の撮影予定でしたが、少し延長しました。撮影用にお借りしたタカラベルモントさんの椅子は実写でも使っていたので、アニメーションの合間にロケ地の美容室に運んで、1日撮影してまたスタジオに戻して。その間は椅子がなくてもできる、雪が降るカットの素材撮影などを進めてもらっていました。


左から宇埜良氏、八代健志氏。


撮影中の八代健志氏。


八代氏によるテスト映像。人形は簡易的に作ったものだが、針金のアーマチュアに髪の毛を貼りつける最終形とほぼ同じスタイルで制作された。

作品が完成して

横井:制作中はたびたび足を運ばせてもらい、映像を手で作ることの良さを実感しました。元々の課題意図は「理美容師のモチベーションの向上」だったのですが、髪の人形に向き合って手作りで思い出の変遷を描くことで、同じく髪に向き合う理美容師の技術が人生を前向きにさせることを少しでも感じてもらえたらと思っていました。それが世界中からの評価を頂けることになり、嬉しいのと同時に手法の選択はとても重要なのだと勉強になりました。

石川:BOVAの受賞を目指して作っていたんですが、ほかにも賞を獲れると思っていなかったので驚きでしたね。いつも完成した時「もう見たくない」と思ったりして。実はHair albumもそうなんですが、改めて、賞を頂いたりなどの折に見返すと自分の好きなものや癖みたいなものが出てるなーと。反省点もたくさんあるんですが、現場を振り返ったりしながら楽しんで反芻しています。

八代:髪の毛という不安定な素材を前提に、それを安定した広告的クオリティの枠に収められるか少し不安もあったんですが、何とかなりました。表面がざわざわざわっとなるのも本当は粗の部分なんだけど、それを良い方向で見せられたなと思います。

松井:普段はクライアントさんありきの仕事をしているので、このチームでオリジナル作品に参加できて楽しかったです。個人的にコマ撮りアニメーションが大好きなので、日に日に人形たちが動いていく映像を見られるのも嬉しくて。社内のいろいろな人たちと相談を重ねて、時間をかけて作り上げた作品なので、たくさん受賞できたことでみなさんに報いることができて良かったと思っています。

石川:広告だと言いたいことは誰かが決めてくれるので、それを伝えるための演出を考えればいいんですが、今回は言いたいことから横井さんと決めていったので、すごく時間がかかりましたが楽しい仕事でしたね。


床に落ちた髪が円を描くように集まって人の形になっていく様は、アニメーションならではの驚きが味わえる。


髪が落ちた床という設定のため、セットの床はヘアサロンに合わせた色で塗ったコルクを使用。シーンごとにライティングで雰囲気を変えている。

STAFF

企画・コピーライター・脚本:横井優樹(博報堂)
脚本・演出:石川結貴(太陽企画)
アニメーション演出・撮影:八代健志(TECARAT)
プロデューサー:松井理紗(太陽企画)

TECARATの工房にて。髪の毛パペットを手に左から八代氏、横井氏、石川氏、松井氏。