【スカルプターズ・ムービー】フジファブリックが歌うNHK みんなのうた「音の庭」の映像制作現場 二次元と三次元の組み合わせが生み出した、光と影のノスタルジックな幻想世界

NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画

 

テキスト:神武団四郎 取材協力:大内まさみ(映像プロデューサ ー)

2021年10月〜11月にかけNHK「みんなのうた」で放送されたフジファブリックが歌う「音の庭」。もの悲しい雰囲気のメロディーとともに展開する幻想的な影絵の映像を手がけたのが、映像ディレクターの牧野 惇さんと、太陽企画のアニメーションスタジオ「TECARAT」を率いるアニメーションディレクターの八代健志さん。平面と立体の素材を使うことで、これまでにない表現を生みだした「音の庭」の制作についてお話を伺った。


アニメーションディレクターの八代健志氏(左)牧野 惇監督(右)。TECARAT STUDIOにて。

INTERVIEW 牧野 惇・八代健志

「音の庭」のスタート

牧野:まずNHKさんから「牧野さんに合った曲があるので『みんなのうた』で一緒にやりませんか」という連絡をいただきました。どんな楽曲だろうとさっそく聴いてみたら、予想と異なった少し哀しい雰囲気の歌で、でも、なんども繰り返し聴きたくなる不思議な魅力がありました。

大内:実は2020年の12月に牧野さんと制作した YOASOBI 「群青」のMVが公開された直後、八代から「群青」の撮影方法やディレクターについて質問のメールが来たんです。牧野さんと八代は相性がよさそうなので引き合わせる機会を作りたいと思いつつ、コロナ禍なのもあってタイミングがなくて。それで21年の7月頃に牧野さんから「音の庭」の話をいただいた時、私の方から八代(TECARAT)と一緒にやりませんか?と提案したのがきっかけです。

八代:ストップモーション・アニメーション作品『劇場版 ごん -GON, THE  LITTLE  FOX-』を作った後、次にやりたいことリストの中に、関節が固定されていないプラプラした人形を糸で吊ってコントロールする、言い換えればマリオネットのアニメーション版みたいなものがあったんです。牧野さんの「群青」を観た時、「やりたかった動きだ!」と感じまして。それと、以前に平面の切り抜き人形作品も作っていたのですが、それを操演でここまでかっこよく作られていたので、興味をひかれ大内に連絡しました。

ストーリー作りについて

牧野:NHKさんからは「観る人にちょっと怖い気配を感じてもらいたい」というお話でした。それを聞いた時、昔からやってみたかった影絵がぴったりのアウトプットだなと思い、今回はその手法を選びました。みんなが観たことあるような影絵の表現に、ひと捻りして作ったら、興味を持ってもらえるんじゃないかと。
「音の庭」を聴いて、どこか哀愁を感じるメロディーとその歌詞から、誰かを待っている感じもするけれど、その誰かは実在するのか、最終的に会えたのか? と色々想像を膨らませました。そのファンタジックな世界観を「イマジナリーフレンド(空想上の友達)」というテーマに落とし込んでいます。映像の中では、主人公の女の子は一人だけど「イマジナリーフレンド」としてもう一人の自分のような存在や動物たちが出てくる。この曲の登場人物は何人いるのか、どこからが夢なのか、想像を掻き立てるような「影絵」の手法を用いて表現しました。
八代さんとの打ち合わせは、コンテを作る前の割と早い段階からはじめましたよね。

八代:まだ影絵になると決まっていない段階でしたね。もっとも最初は初めましてのお見合い的な感じでしたけど(笑)。僕も過去に影絵っぽいものや平面人形をつかったアニメーションをやったことがあるので、ぜひ、新しい影絵作品に挑戦したいと思いました。

 


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画
主人公のキャラクターデザインはたび重なる修正を経て完成した。「NHKさんからは怖い気配というお題をいただいたんですが、初期のものは目と口しかなく、少し怖すぎたようで(笑)。何度もデザイン検討を重ねました。」(牧野)

作業の流れ

牧野:画コンテができたら、僕が描いた人形やパーツのイラストをTECARATの美術チームにお送りし、それを八代さんのアイデアも加えて形にしてもらいました。「群青」もそうなんですが、僕がデザインする人形は肩と肘だけ動くようなシンプルな作りになっています。それを八代さんにお渡しすると、どこかを動かしたら別のどこかも動きだす、進化した人形になってました。

八代:ひとつ動かすと連動して、別の場所で関係ない動きをするよう狙いました。牧野さんの人形は遊びで少し揺れたりなど作り物の面白さを生かしていますが、自分で作るとどうしても真面目に動くようしっかり作ってしまう。人形に棒を付けて操るので作りはカチっとしてますが、アニメーションとはまた違うアドリブを引き出すように動かしたのは勉強になりましたね。意図しない方向に動いちゃったけど、別の面白さになるんだな、ということをカットごとに実感しました。

 


平面の人形や背景など撮影用の素材は、Adobe Illustratorのデータで納品された牧野監督のイラストを元に黒ケント紙をカッティングプロッターで切り出し、八代氏が仕込みや仕掛けを作って完成させる。

 

人形たちや背景を変形させる描写について

牧野:コンテの段階では描いてなかったですね。コンテはあくまでもシーンごとに描き、その繋がりを良くするために今回はトランジションをちょっと凝り、カット変わりもきちっとするのではなく、ふわふわと次に繋がるようにしました。絵が描かれていると境目をどうするか考える必要がありますが、影絵は黒なのでまったく違うものでも重ねやすいんです。たとえば立体人形とペラペラの人形を繋いだ画づくりをしたり、まったく違う質感のものもシルエットなら全部ひとつになりますから。これは影絵ならではの特性だと思います。


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画

 


素材に布や薄い紙を使うことで、風になびかせ動きのある映像が可能に。「最初に試しで切り抜いてみたメモ用紙の切り絵なのに、大切な素材になりましたね」(八代)

 


顔パーツを含め素材は別々に撮影され、オフライン編集の段階で牧野監督がひとつの画にまとめていく。

 


NHKみんなのうた「音の庭」©︎NHK/牧野惇/太陽企画


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画
監督が「怖さ」を出すために演出したシーンのひとつで、歌詞には出てこない動物たちも登場し「イマジナリーフレンド」をここでも表現している。平面人形などのパーツを撮影し、レイヤーで重ねている。

 

木彫りの人形も使うというアイデア

八代:人形をどう動かすかはコンテに細かく書いてあったので、仕掛けや効果は相談しながら進めました。打ち合わせの中で、牧野さんが「立体にしたらどうなるんだろう」みたいなことをチラッと言っていたのを拡大解釈しまして(笑)。それで木彫りで立体の人形を作ってみたんです。これを影絵で動かしてみたら意外に面白い。これまでも牧野さんの人形は、風ではためいたり手の表情を生かしていたので、それを上塗りして作った感じです。家のパーツも2面だけですが立体的に作ってあって、情報としては黒だけなのに、映像の中でふわっと立体的に情報が見えてきた。そこはすごく面白い発見でした。


木彫りの人形と完成カット。立体人形のためシルエットにも奥行き感が加わった。


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画

ぼかしや照明にこだわり、素材を生かす

牧野:基本的に素材は別々に撮って、全てレイヤーで重ねています。ただ、4枚の絵と手を使った花が開くカットは、分けずに一発で撮りました。はじめは合成する予定でしたが、ボケ具合を確認するため一緒にテストで動かしたらそれが意外によかったので、じゃあ1回で撮っちゃいましょうと。絵のボケ具合は想定して撮ったところもあるし、編集上でぼかしを強めたところもあります。ただ影を作るとき照明さんは輪郭をしっかり出そうとピントを合わせてくれようとする感じはありましたね(笑)。

八代:技術者としてはぼけていたりムラがあるとクオリティが低く感じるんでしょうね。今回の作品はそういうテイストというか、味わいを生かす方向だったので、みんなで試行錯誤したね。

牧野:しっかり撮っておけば、あとで自由にぼかせるという発想はもちろんあると思いますが、それをすると生の素材で影絵を撮った意味がなくなりますからね。照明の使い方は、とても工夫しました。

八代:牧野さんは撮影時にそういう現象をできるだけいっぱい拾って、それを増長するようにフェイクを混ぜ込んで作るから仕上がりが自然でいい感じになるんです。僕のやり方はできるだけ生でやろうとするけれど、逆にバラバラにした素材をきっちり撮って、後で自由に加工するという考え方もある。たぶん牧野さんはその中間というか、生の良さを生かしてデジタル仕上げに持っていく。いちばんポテンシャルが高いやり方じゃないかな。


生身の手と4枚の素材を使用した花が開くカットはバラバラに撮影される予定だったが、同時に撮影された。


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画

幻灯機のようなレンズを通した灯りを思わせるノスタルジックな映像

牧野:フレームのぼかしは、エディターの渡邉秀久さんが考案してくださったんです。僕は影に赤と青色を乗せようとだけ考えていたんですが、渡邉さんがさらに四角の枠を作ってくれて、プラス、レンズのゆがみも入れてくれました。それがとても効いてますよね。僕が最初にイメージしたものだったら、これほど影絵らしさが出なかったのかもしれない。いろんな人たちが知恵を出し合ってくれた結果だと思います。


NHKみんなのうた「音の庭」より ©︎NHK/牧野惇/太陽企画


歩く足元のカット撮影中の牧野監督と、移動する地面に使われた回転台。青いサンダルはセロファン製。他にも色づけにさまざまな色のセロファンが使われた。「空気が入ったようなきれいな質感は、Photoshopでは作れませんから」(牧野)

影絵作品を終えた感想

牧野:はじめての影絵でしたが、この手法は自分でも気に入ってます。今回の作品を通じて、もっとこうしたら面白いという部分も見えてきたので、ブラッシュアップして別の作品でもまた影絵に挑戦したいと思っています。そういうアイデアはいつもストックしていて、どの仕事で生かせるか楽しみです。

八代:牧野さんの「こうやってみたらどうだろう」「もっとこうしたほうが面白いかも」と考えながら作っていく進め方がすごくいいなと思いました。次の段階へと純粋に進化させられるし、それを仕事として繋げているのが素晴らしいなと。コマ撮りの世界から、こういう生で動かす表現の面白さを味わえて刺激を受けるところもあったし、いろんな意味でやれてよかったですね。


撮影風景。右から牧野監督、八代氏、中根さん、川瀬さん、大内さん。


左から八代健志氏、大内まさみプロデューサー、牧野 惇監督。

PROFILE

牧野 惇 Atsushi Makino (映像ディレクター・アートディレクター)
1982年⽣まれ。チェコの美術⼤学UMPRUMTV & Film Graphic 学科、東京藝術⼤学⼤学院映像研究科アニメーションコース修了。実写・アートワーク・アニメーションの領域を⾃在に跨ぎ、映像ディレクション、デザインまで総合的に⼿掛ける。

Annecy(フランス)、Golden Kuker-Sofia(ブルガリア)、ANIFILMなどを始めとした国際映画祭での受賞/招待上映や、ACC、AD FESTなど広告祭での受賞多数。 2017年、CJ E&M Corp.(韓国)が主催するアジア最⼤級の⾳楽アワード「Mnet Asian Music Awards」Professional Categoriesにおいて、Best Video Director of the year受賞。 2018年、「第61回 ニューヨークフェスティバル」にて、⾦賞 (World Gold Medal) 受賞。2021年、「映⽂連アワード 2021」にて、準グランプリ受賞。

<WORKS> 東京2020パラリンピック開会式(映像ディレクター) 、NTTドコモ「ahamo はじまるよ」篇 CM、YOASOBI「群⻘」MV、 ペンタトニックス「ミッドナイト・イン・トーキョー feat. Little Glee Monster」MV、NHK Eテレ オープニング・クロージング映像 他。

<HP> https://ucho.jp  <Twitter> https://twitter.com/atsu_maki

 

八代健志 Takeshi Yashiro (映像ディレクター・⼈形アニメーター)
1969年秋⽥県出⾝、1993年東京芸術⼤学デザイン科卒。太陽企画(株)にて、CMディレクターとして実写を中⼼に活動するかたわら、様々な⼿法のストップモーション・アニメーションを扱い続ける。2015年にアニメーションスタジオ【TECARAT】を⽴ち上げ、現在は⼈形アニメーションを軸⾜に活動。脚本・監督のほか、美術、アニメート、⼈形造形なども⼿がける。⼿から作り出される質感を重視し、ストップモーション・アニメーションならではの映像を⽬指している。

<WORKS>
「11⽉うまれの男の⼦のために。」(12)、「薪とカンタじいじいと。」(13)、「ノーマン・ザ・スノーマン〜北の国のオーロラ〜」(13)、「眠れない夜の⽉」(15)、「ノーマン・ザ・スノーマン〜流れ星のふる夜に〜」(16)、「ごん GON, THE LITTLE FOX」(19)、最新作は「プックラポッタと森の時間」(21)

<HP> https://tecarat.jp

 

楽曲情報

タイトル:NHK みんなのうた『音の庭』
うた:フジファブリック(Sony Music Artists)
作詞・作曲:山内総一郎

 

NHK みんなのうた『音の庭』映像制作

映像ディレクター&イラストレーション:牧野 惇
アニメーション:TECARAT
映像プロデューサー:大内まさみ
プロダクションマネージャー:川瀬万由未、松岡健人、野田未莉亜
カメラ:能勢恵弘(TECARAT)
照明:森下善之(みこし)
美術:八代健志、根元緑子、能勢恵弘、中根泉(以上、TECARAT)
オンライン編集:渡邉秀久(+Ring)、板橋知也(+Ring)
撮影スタジオ:TECARAT STUDIO
制作プロダクション:太陽企画株式会社